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天晴れ!!世界のレキオス

photo 2011年10月12日より5日間、
世界で活躍する沖縄県出身者が一同に集まり那覇を中心に大きな祭典があった。
それが第5回「世界のうちなーんちゅ大会」である。
毎回参加国、参加者が増え、迎える県や各市町村、
マスコミも準備に慌しく動き感動もひとしおの大イベントだ。

ブラジル、アルゼンチン、ペルー、ボリビアなど南米をはじめハワイ、カナダ、イギリスとそれこそ世界で成功し活躍している 
うちな〜んちゅが母県に戻って親類や友人・知人と再会し喜び合い、抱き合い、報告し合う時、涙の時だ。
前夜祭では圧倒的な数を誇るアルゼンチンが先頭を切りそれに各国が続き、それぞれの民族衣装で華やかに国際通りをパレードした。
笑顔、笑顔、笑顔、皆素敵ないい顔だ。(^^♪
天晴れ!!世界のうちな〜んちゅ。

 わがドミトリー沖縄でもイベントに参加するためたくさんの日系人が宿泊した。
特に中地氏は半年前からやってきて準備を進めてきた。
ブラジルで空手の道で成功を収め道場を開いていると言う。
見事な赤白帯の師範の先生だ。
娘さんも日本の大学を出て通訳として活躍した。

およそ100年以上前より海外移住が始まった。
あまりの苦しさのゆえに移住したのか、困窮する沖縄を救うために出稼ぎに出たのか?
移民一世の移住地での開墾、開拓の苦しみは筆舌に尽くしがたい。
決して国から奨励されたような新天地ではなかったようだ。
1950年代、私の叔父も妻子を引き連れてボリビアへ移民した。親兄弟の反対を押し切って。
しかし部落では盛大な送別会をしたような記憶がある。
当初はうまく行かずこちらから仕送りしていたような気がする。 
月日は流れ多くの年月が経った。
1980年ごろ、叔父に一度だけ会った。
「沖縄がこれ程豊かになり発展するとは思わなかった。
そうであれば出て行かなかった。」
静かに語る叔父に何も言えなかった。
しかし叔父はその地で教育者として貢献したのだ。
 「いえ、いえ叔父様 あなた方のお陰で今の沖縄があるんですよ。沖縄をこよなく愛し支えて下さりありがとうございます。どうぞこれからもうちな〜んちゅとして誇りを持ち、残された人生も幸せになって下さい。」 
と今ならば言える。
その叔父も生涯を閉じた。2世、3世、4世と子孫が続くが方言はおろか日本語も通じない。
顔を見てもとても同じ沖縄のルーツとは思えない。
堀の深い美しさは完璧な外国人である。
もしかしたら母県沖縄を思いながらも2度と故郷を見ることなく生涯を終えた方もあるでしょう。

とても切なくなる。

まさかモノレールがあるなんて・・・ニフェーデ〜ビルありがとうございました。
大変ご苦労様でした。私たちはこの沖縄を平和な島、癒しの島としてこれから守っていく。。
責任を持ってまた我々の子孫に伝えよう。
そして真の新天新地は創造主の住まわれる天国だと声を大にして伝えよう。
天国こそ我々の永遠の安住の地である。


   ドミトリー沖縄 


 写真:仲地氏とブラジル2世・3世(?)の
    ちゅらかーぎー(美人)たち

*レキオス・・・ポルトガル語で、琉球人・うちな〜んちゅのこと。




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